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東京高等裁判所 昭和39年(う)618号 判決 1965年2月23日

被告人 片野英一郎 外二名

主文

原判決中被告人片野英一郎に関する部分を破棄する。

被告人片野英一郎を禁錮六月に処する。

但し、本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

被告人山崎誠一及び同上杉誠次の本件各控訴を棄却する。

訴訟費用中原審において証人加藤虎男、同中村士郎に支給した分の六分の一並びに当審において証人瀬下末吉に支給した分は被告人片野英一郎の負担とし、同伊藤勝代に支給した分は被告人山崎誠一の負担とし、同三宅竜太郎及び国選弁護人松本英夫に支給した分は被告人上杉誠次の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人片野の弁護人吉田閑提出の控訴趣意書及び控訴趣意補充書、被告人山崎の弁護人増岡正三郎、同増岡由弘連名提出の控訴趣意書、被告人上杉本人及びその弁護人松本英夫提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

弁護人吉田閑の控訴趣意第一点、弁護人増岡正三郎及び同増岡由弘の控訴趣意一及び二、被告人上杉誠次本人の控訴趣意第一点、弁護人松本英夫の控訴趣意一の(一)及び(三)(いずれも原判示第一及び第二の各犯罪事実についての事実誤認及び法令適用の誤りの主張)について。

原判決の判示第一、第二の一、二の各犯罪事実は、それぞれに対応する原判決挙示の各証拠を総合すれば、十分にこれを認定することができ、記録を精査し且つ当審における事実取調の結果にかんがみても、原判決の事実認定に過誤があるとは認められない。

しかして、原判決挙示の対応証拠によれば、原判示社団法人引揚者団体全国連合会(以下「全連」と略称する)は、都道府県引揚者団体並びに関係団体を連合し、各団体相互間の調整を図りその協力の下に、引揚者等の生活を擁護確立し、以て平和日本建設に寄与することを目的として設立されたもので(全連定款第三条)、その目的を達成するために、(1)都道府県引揚者団体連合会の相互連絡、(2)引揚者更生事業の企画並びに育成強化、(3)各団体の事業に対する協力並びに指導斡旋、(4)引揚者、留守宅家族及び遺家族等の生活援護、(5)引揚者等啓発のための各種刊行物の発行、(6)在外同胞の引揚促進、(7)その他全連の目的を達成するに必要な事業を行い(同第四条)、右目的に基づき、具体的には、従来主として、海外引揚者が外地に残して来た所謂在外私有財産について政府より補償を受けることを目的として政府に対する交渉を重ねて来たこと、全連は、昭和三十六年暮頃に開かれた常務理事会において、来るべき昭和三十七年の参議院議員通常選挙に際しては全国区候補者として判示小西英雄を推薦することを決議し、次いで昭和三十七年四月二十三日東京都千代田区日比谷公園野外音楽堂で開催された全連主催の在外私有財産補償請求全国大会においても、右選挙に際しては右小西英雄を全国引揚者の利益代表として推薦することを満場一致で決議し、同日右大会終了後同都港区虎の門の社会事業会館で開催された経過報告会において右大会決議を確認すると共にその後機関紙を通じてこの模様を全国に報道し、全国引揚者に対し全連の唯一の推薦候補である参議院議員全国区候補者小西英雄の氏名及び同人に対する支援方の周知徹底を図つたこと、同年五月初旬同都港区新橋の一声館で開催された全連常務理事会において、右小西英雄のための選挙運動の方針、費用等の諸点を審議し、その席上全連事務局長である被告人片野の計画発案に基づき、同被告人が起案した別紙(一)ないし(三)の外形、内容を有する委嘱状、お願い及び小西英雄に対する推薦文と同人の略歴等を記載し且つ同人の写真を印刷した文書(以下「略歴書」と称する)(証第五号、第七号、第六号)をいずれも原判決別表(一)の頒布先欄記載の各県引揚者団体を通じて選挙人である各傘下及びその周囲の引揚者に配布することを決議し、同被告人は右決議に基づき、同年五月二十七日頃右各文書を右各県引揚者団体宛に発送し、その頃これを各その宛先に到達させたこと、全連の下部組織である原判示新潟県引揚者連盟本部は右各文書の送付を受け、同年六月一日同県長岡市長岡厚生会館において同連盟緊急支部長会議を開催し、その席上同連盟本部事務局長である被告人上杉及び同会議の議長で同県下選挙対策委員長である被告人山崎は相談のうえ、右各文書をいずれも原判決別表(二)及び(三)の被頒布者欄各記載の同連盟各支部長らを通じて選挙人である各傘下若しくはその周囲の引揚者に配布する意図の下に、即日その一部分を別表(二)の被頒布者欄記載の者に交付し、同月二日頃及び四日頃の二回に亘り他の一部分を別表(三)の被頒布者欄記載の者宛に発送し、その頃これを各その宛先に到達させたことをそれぞれ認めることができる。

よつて叙上の事実に基づき、以下各所論に対し逐次審按する。

一、原判示各文書が選挙運動文書に該当しない旨の論旨について。

右各文書のうち、別紙(二)の「お願い」と題する文書(証第七号)及び同(三)の略歴書(証第六号)は、当該各文書の外形、内容自体からみて、判示参議院議員選挙に際し、全連が推薦した全国区候補者小西英雄に当選を得させるため、同人への投票及び投票取まとめ方を末端の被配布者に依頼するにつき使用する文書であると推知するに十分であつて、所論のごとく、全連本来の業務遂行上の報道的通知文書ないしは選挙事務上の連絡文書に過ぎないものとはいえないことは、冒頭に述べた全連の設立目的及び事業内容並びに判示参議院議員選挙に対処しようとする昭和三十六年暮頃以降の全連及びその傘下各下部組織の動向にかんがみてもこれを疑ごう余地がない。されば、原判決が右(二)及び(三)の各文書を目して公職選挙法第百四十二条第一項にいう「選挙運動のために使用する文書」に該当すると認定したのは洵に相当であるというべく、原判決には所論のごとき法令の解釈適用の誤りも事実の誤認も存しない。

しかし、別紙(一)の「委嘱状」と題する文書(証第五号)の文面には、「貴殿を参議院議員選挙対策委員に委嘱いたします」と記載されているだけで、特定の候補者の氏名を記載されていないから、該文書は果してこれを如何なる特定の選挙に際し、何という特定の候補者のため使用するものであるかということを、該文書の外形、内容自体のみからみては全く推知するに由がない。

惟うに公職選挙法第百四十二条第一項にいう「選挙運動のために使用する文書」とは、文書の外形、内容自体からみて、選挙運動のために使用すると推知されうる文書をいうのであつて文書の外形、内容自体からみて、選挙運動、即ち或る特定の選挙に際し、或る特定の候補者に当選を得させるため、投票を得若しくは得させる目的を以て、直接又は間接に必要且つ有利な諸行為をなすために使用すると推知しえない文書は、たとえそれが現実に選挙運動のために使用されたとしても、同法第百四十六条にいう「禁止を免れる行為」にあたることのあるのは格別、同法第百四十二条第一項にいう文書にはあたらないと解するのを相当とするから(同法第百四十二条第一項にいう「選挙運動のために使用する文書」の意義についての昭和三十六年三月十七日最高裁判所第二小法廷判決、最刑集一五巻三号五二七頁以下参照、なお同条同項にいう「選挙運動」の意義については明文の規定はないが、同法第百二十九条にいう「選挙運動」の意義についての昭和三十八年十月二十二日同裁判所第三小法廷決定、最刑集一七巻九号一七五五頁以下参照)、若し文書の外形、内容自体からみて、如何なる特定の選挙に際し、何という特定の候補者のために使用するものであるかを全く推知することができないときは、たとえその文書の頒布の時期、場所、方法、被頒布者その他諸般の状況から推して、被頒布者をして或る特定の選挙に際し、或る特定の候補者のために使用する文書であると覚知させるものであつても、斯る文書は同法第百四十二条第一項にいう「選挙運動のために使用する文書」にはあたらないといわなければならない。

然らば、原判決が、特定の候補者の氏名を本件委嘱状自体から明らかにすることができないとしながら、たとえこれに特定の候補者の氏名が記載されていなくとも、その余の記載と判示認定にかかるその頒布の時期、場所、方法、被頒布者とを総合すれば、本件委嘱状は、被頒布者においては容易に判示参議院議員選挙における全連の推薦候補者小西英雄のための選挙運動のために使用する文書であると認めることができるものであるから、別紙(二)及び(三)の各文書と別個に独立して同条同項にいう「選挙運動のために使用する文書」に該当するものと認定したのは、同条同項の解釈適用を誤まり、延いては事実を誤認したものというべく、本件委嘱状は同条同項にいう文書にあたらないのは勿論のこと、原判示のごとく、被告人らがこれを選挙運動の期間中でない右小西英雄の立候補届出前に頒布した所為は同法第百四十六条にいう「禁止を免れる行為」にもあたらず、被告人らの本件委嘱状頒布の所為は罪とならない。

しかし原判決は、その法令の適用の項において、本件委嘱状お願い及び略歴書の各文書毎に同法第百四十二条第一項第二号、第二百四十三条第三号、第百二十九条、第二百三十九条第一号の罪の成立を認め、刑法第五十四条第一項前段、第十条を適用し、結局最も重いと認める略歴書を頒布した罪の刑に従つて処断しているから、叙上委嘱状の頒布についての法令適用の誤り及び事実の誤認は未だ判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいい難く、原判決破棄の理由とはならない。

二、原判示各文書の発送及び交付は頒布に該当しない旨の論旨について。

右各文書のうち、別紙(二)の「お願い」と題する文書(証第七号)及び同(三)の略歴書(証第六号)が、所論のごとく、全連本来の業務遂行上の報道的通知文書ないしは選挙事務上の連絡文書に過ぎないものでないのは勿論のこと、全連の推薦候補者小西英雄の判示参議院議員選挙への立候補ないしは同人のためにする選挙運動の準備的文書でもなく、正に判示参議院議員選挙に際し、全連が推薦した全国区候補者小西英雄に当選を得させるため、同人への投票及び投票取まとめ方を末端の被配布者に依頼するにつき使用する公職選挙法第百四十二条第一項にいう「選挙運動のために使用する文書」に該当することは既に前段において説示したところである。

しかして、右各文書はいずれも、所論のごとく、不特定の一般選挙人に対して配布されたものではなく、原判決別表(一)の頒布先欄記載の各県引揚者団体又は同(二)及び(三)の被頒布者欄各記載の新潟県引揚者連盟各支部長らを通じて選挙人である各傘下若しくはその周囲の引揚者に配布する意図を以て、即ち全連という一定の組織の内部において、その傘下若しくは周囲の引揚者という一定の範囲の選挙人に配布する意図を以て、限られた数の特定の団体若しくはその役員らに対して発送又は交付されているのであるが、同条同項にいう「頒布」とは、不特定若しくは多数人に配布することを指称し、その多数人が不特定であることを必要とせず(昭和二十九年四月十三日東京高等裁判所判決、高刑集七巻三号三八五頁以下参照)、またその現に配布を受けた者が特定の少数人に過ぎない場合であつても、その者を通じて当然若しくは成行上不特定若しくは多数人に配布されるべき情況の下になされた以上は、同法第二百四十三条第三号の頒布罪が成立するものと解すべきであるから(昭和三十六年三月三日最高裁判所第二小法廷判決、最刑集一五巻三号四七七頁以下参照)、冒頭に述べた経過により、全連本部から原判決別表(一)の頒布先欄記載の三十四に上る各県引揚者団体宛に同表記載の部数を発送して各その宛先に到達させ、またその送付を受けた新潟県引揚者連盟本部から原判決別表(二)の被頒布者欄記載の十九名に及ぶ同連盟各支部長らに同表記載の部数を交付し、同(三)の被頒布者欄記載の二十三名に及ぶ同連盟各支部長ら宛に同表記載の部数を発送して各その宛先に到達させた本件においては、正にその送付若しくは交付を受けた各県引揚者団体若しくは新潟県引揚者連盟各支部長らを通じて、当然若しくは成行上選挙人である各傘下若しくはその周囲の許多に上る引揚者に配布されるべき情況の下に文書を配布した結果に帰し、同法第二百四十三条第三号の頒布罪が成立することは明白であり、末端の被配布者が全連の傘下若しくはその周囲の引揚者という一定の範囲の選挙人であるの故を以て同罪の成立を阻却するものではない。

されば、原判決には所論のごとき法令の解釈適用の誤りも事実の誤認も存しない。

三、原判示各文書の発送及び交付(頒布)は選挙運動に該当しない旨の論旨について。

原判示各文書のうち、別紙(一)の「委嘱状」と題する文書(証第五号)は、公職選挙法第百四十二条第一項にいう「選挙運動のために使用する文書」にはあたらないこと前叙のとおりであるから、立候補届出前にこれを頒布しても、それだけでは同法第百二十九条にいう「選挙運動」をしたことにはならないが、被告人らがその余の別紙(二)の「お願い」と題する文書(証第七号)及び同(三)の略歴書(証第六号)を、全連本部から各県引揚者団体宛に発送し或は新潟県引揚者連盟本部から同連盟各支部長らに交付し又は発送し、以てこれを頒布したのは、全連本来の業務遂行上の報道的通知ないしは選挙事務上の連絡のためにするに過ぎないものでないのは勿論のこと、全連の推薦候補者小西英雄の判示参議院議員選挙への立候補ないしは同人のためにする選挙運動の準備のためでもなく、正に判示参議院議員選挙に際し、全連が推薦した全国区候補者小西英雄に当選を得させるため、同人への投票及び投票取まとめ方を末端の被配布者に依頼する意図に出たものであることは、上来説示したところにより十分にこれを認めることができる。

成程、右各文書はいずれも、所論のごとく、全連本部から各県引揚者団体宛に発送され或は新潟県引揚者連盟本部から同連盟各支部長らに交付又は発送されているのであつて、選挙人である末端の各傘下若しくはその周囲の引揚者各人に対し直接に配布されてはいないが、前叙のごとく、当初から、各県引揚者団体若しくはその幹部役員らを通じて選挙人である末端の各傘下若しくはその周囲の引揚者各人に配布する意図の下に各県引揚者団体若しくはその幹部役員らに対して発送若しくは交付されているのみならず、元来公職選挙法第百二十九条にいう「選挙運動」とは、特定の選挙の施行が予測され或は確定的となつた場合、特定の人がその選挙に立候補することが確定しているときは固より、その立候補が予測されるときにおいても、その選挙につきその人に当選を得させるため投票を得若しくは得させる目的を以て、直接または間接に必要かつ有利な周旋、勧誘若しくは誘導その他諸般の行為をなすことを汎称し(昭和三十八年十月二十二日最高裁判所第三小法廷決定、最刑集一七巻九号一七五五頁以下及び昭和十一年二月二十七日大審院判決、大刑集一五巻三号一八〇頁以下各参照)、必ずしも直接に投票を得若しくは得させる目的を以て周旋、勧誘等をなす行為に限局すべきものではないから(上記大審院判決参照)、直接に個々の選挙人を対象としない被告人らの右各文書頒布の所為のごときものをも包含すると解するのを相当とすべく、該文書が末端の引揚者各人に到達したかどうか、その者が選挙人であるかどうかに拘りなく、該所為は叙上説示の趣旨に照らし同法第二百三十九条第一号の罪の構成要件である同法第百二十九条にいう「選挙運動」に該当することは明白であり、右各文書に関する限り、原判決には所論のごとき法令の解釈適用の誤りも事実の誤認も存しない。(但し、別紙(一)の「委嘱状」と題する文書を頒布し、以て立候補届出前の選挙運動をしたとの点については、前叙のごとく法令の解釈適用を誤まり、延いては事実を誤認した瑕疵があるが、右の瑕疵が判決に影響を及ぼさないことは、その頒布の点について述べたところと同様である。)

従つて、原判決が判決別表(一)の頒布先欄記載の各県引揚者団体、同(二)及び(三)の被頒布者欄記載の者らを通じて右各文書の配布を受けるべき末端の各傘下若しくはその周囲の引揚者各人につき、その者が果して選挙人であるか否かを確定しないまま右各条項を適用して被告人らを処断したのは正当であり、原判決には所論のごとく審理を尽さず、証拠に基づかないで事実を認定した違法は存しない。

四、被告人らは、原判示各文書を頒布するにつき、行為の違法性の認識を欠いたがため故意がなく、且つ、期待可能性がなかつた旨の論旨について。

原判決挙示の各対応証拠によれば、

(一)全連本部において、別紙(二)の「お願い」と題する文書(証第七号)及び同(三)の略歴書(証第六号)を作成したうえ、これを各県引揚者団体を通じて選挙人である各傘下若しくはその周囲の引揚者に配布するため、各県引揚者団体宛に発送することは、元来全連事務局長である被告人片野が企画発案したところであつて、同被告人は自からその文案を作り、発送につき細かい指示を与えていること、

(二)同被告人は、右各文書が判示参議院議員選挙に際し、全連が推薦した全国区候補者小西英雄の選挙運動のために使用する文書であることを十分知悉しながら、それらは不特定の一般選挙人に対して配布されるものではなく、全連という一定の組織の内部において、その傘下若しくはその周囲の引揚者という一定の範囲の選挙人に配布するのであるから差支えないだろう位に軽々しく考えていたこと、

(三)全連本部からの右各文書発送に先立つ昭和三十七年五月二十三日東京都千代田区平河町都市計画会館において開催された都道府県引揚者団体全国代表者会議には全連本部から事務局長たる被告人片野、新潟県引揚者連盟本部から事務局長たる被告人上杉も列席し、その席上被告人片野が右各文書の草案を列席者に示し意見を求めたところ、列席者中には、斯る文書を各県引揚者団体を通じて選挙人である各傘下引揚者に配布することは選挙違反になるのではないかとの旨の質疑をなす者があつたに拘らず、同被告人は独断的に「大丈夫だ、選挙違反にならない」旨回答したに止まり、公職選挙法及びその他の関係法令を検討しないのは勿論のこと、自治省、中央選挙管理委員会若しくは警察庁等の関係諸機関に問合せをするでもなく、全く自己の一方的解釈のみに基づき軽々しくも、これを判示第一のごとく発送したこと、

(四)新潟県引揚者連盟本部は同年六月一日同県長岡市長岡厚生会館において同連盟緊急支部長会議を開催し、その席上判示参議院議員選挙に臨む同連盟としての選挙対策を審議し、その際全連本部より送付されて来た右各文書が披露され、これを同連盟各支部長らを通じて選挙人である各傘下若しくはその周囲の引揚者に配布することが議題に供せられたところ、列席者中には、斯る文書をそのように配布することは選挙違反になるのではないかとの旨の質疑をなす者があつたに拘らず、議長にして同県下選挙対策委員長である被告人山崎及び同連盟本部事務局長である同上杉は、疑念を抱きながらも、判示小西英雄に当選を得させたい一心から「全連から送つて来たものだから心配ない、選挙違反にならない」旨軽く回答して右の質疑を封じ、右両名は公職選挙法及びその他の関係法令を検討しないのは勿論のこと、県、市当局、地元選挙管理委員会若しくは警察署等の関係諸機関に問合せをするでもなく、全く同人ら自からの一方的解釈のみに基づき軽々しくも、両名相談の上これを判示第二の一、二のごとく発送し及び交付したこと

をそれぞれ認めることができる。

されば、被告人らはいずれも、右各文書の内容を認識し、これを頒布することが或は公職選挙法違反になるのではないかとの疑念を存しつつも敢えてこれを頒布することに踏み切つたものであるから、右各文書を頒布するにつき全く違法の認識がなかつたものとは認められず、仮りに右行為の違法性を認識しなかつたとしても、その点につき過失がなかつたものといい得ないのは勿論のこと、各論旨指摘の諸事情のごときは、行為の違法性の認識を欠くにつき相当な理由があつた場合にも該当せず、また被告人らに対し判示各所為に出ないことを期待することが不可能であつたと認むべき事由にも該当しないと思料されるから、所論の点についての原判決の説示はすべて正当として首肯するに足り、原判決には所論のごとき事実の誤認は存しない。

故に各論旨は結局理由がない。

被告人上杉誠次本人の控訴趣意第二点及び弁護人松本英夫の控訴趣意一の(二)(いずれも原判示第三の犯罪事実についての事実誤認の主張)について。

原判決の判示第三の一ないし三の各犯罪事実は、それぞれに対応する原判決挙示の各証拠を総合すれば、十分にこれを認定することができ、記録を精査し且つ当審における事実取調の結果にかんがみても、原判決の事実認定に過誤があるとは認められない。

故に各論旨は理由がない。

弁護人吉田閑の控訴趣意第二点、弁護人増岡正三郎及び同増岡由弘の控訴趣意三、弁護人松本英夫の控訴趣意二(いずれも量刑不当の主張)並びに被告人上杉誠次本人の控訴趣意中量刑不当の主張について。

各所論にかんがみ、記録を精査し、これに現われている被告人らの本件各犯行の動機、罪質、態様、規模並びに被告人らの年令、境遇、経歴その他の諸事情を総合して考察すると、被告人山崎及び同上杉については原判決の量刑はまことに相当であると認むべく、各論旨摘録の右両被告人に有利な諸事情を考慮に容れ且つ当審における事実取調の結果を参酌しても、決して重きに失し不当であるとは断ぜられない。故に右被告人両名に関する限り、論旨は理由がない。

しかして、被告人片野は全連事務局長として、本件「お願い」と題する文書及び略歴書を作成したうえ、これを各県引揚者団体を通じて選挙人である各傘下若しくはその周囲の引揚者に配布するため各県引揚者団体宛に発送することを企画発案し、自からその文案を作り、発送につき細かい指示を与え、以て判示第一掲記のごとく、これを発送頒布したものであつて、その頒布先は原判決別表(一)の頒布先欄記載のごとく極めて広範囲に亘り、頒布部数も頗る多いこと、本件においては、その結果相被告人山崎、同上杉、原審相被告人三浦亀忠、同橋本瞬次郎、同郷戸初太郎をしてそれぞれ判示第二、第四ないし第六揚記のごとく、これをその各傘下に頒布するに至らせた原因を作つていること等の諸点にかんがみると、禁錮六月の科刑はやむを得ないとしても、その犯行の動機は、被告人片野個人の私利私欲に出たものではなく、冒頭に述べた設立目的及び事業内容を有する全連の事務局長である立場から、数百万名に上る全国引揚者の生活擁護、ことに在外私有財産に対する政府補償を実現する意図を以てしたものであること、その罪質においても、かの買収事犯と異なり、公職選挙法違反罪としては情状が比較的軽い形式犯であること、またその態様は、文書の頒布先が極めて広範囲に亘り、頒布した部数も頗る多いことは否定できないが、頒布の対象は、不特定の一般選挙人ではなくて、全連という一定の組織の内部における限られた数の特定の団体であるがため、選挙の公正を害する虞れが比較的少ないこと、更に同被告人は自らも引揚者であり、永く全連事務局長として引揚者擁護のため尽瘁して来たこと、その他論旨摘録に係る同被告人のため有利な諸事情を参酌し、なお当審における証人瀬下末吉の供述をも考慮に容れると、情状酌むべきものが少なくなく、今回に限りその刑の執行を猶予して将来を戒めるに止めることが相当であると思料されるので、原判決の量刑は重きに失して不当であるというべく、原判決中被告人片野に関する部分はこの点において破棄を免がれない。論旨は同被告人につき理由がある。

よつて、被告人山崎及び同上杉につき刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件各控訴を棄却し、被告人片野につき同法第三百八十一条、第三百九十七条第一項に則り原判決中同被告人に関する部分を破棄し、同法第四百条但書により当裁判所において次のとおり自判する。

原判決が確定した判示第一の事実(但し、「委嘱状」と題する文書(証第五号)を頒布し、以て立候補届出前の選挙運動をした点を除く)に法令を適用すると、被告人片野の判示所為中各文書頒布の点は、各文書毎にそれぞれ包括して公職選挙法第百四十二条第一項第二号、第二百四十三条第三号に該当し、立候補届出前の選挙運動の点は、各文書毎に包括して同法第百二十九条、第二百三十九条第一号、罰金等臨時措置法第二条第一項に該当するところ、各文書頒布の所為と立候補届出前の選挙運動の所為とはそれぞれ一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該当するから、刑法第五十四条第一項前段、第十条に則り、結局最も重いと認める判示略歴書を頒布した罪の刑に従つて処断すべく、よつてその所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内において同被告人を禁錮六月に処し、前記情状により同法第二十五条第一項第一号を適用して本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予すべく、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用して主文末項記載のとおり定める。

なお被告人片野英一郎に対する本件公訴事実中、原判示「委嘱状」と題する文書を頒布し、以て立候補届出前の選挙運動をしたとの点は、さきに説示したところにより罪とならないが、右は原判決認定の「お願い」と題する文書及び略歴書を各頒布し、以て立候補届出前の選挙運動をした所為とそれぞれ一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該当するから、特に主文において無罪の言渡をしない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂間孝司 栗田正 有路不二男)

(別紙一)

委嘱状

殿

貴殿を参議院議員選挙対策委員に委嘱いたします。

昭和三十七年 月 日

社団法人引揚者団体全国連合会

理事長  田中武雄 <印>

最高顧問 大野伴睦 <印>

(別紙二)

お願い

一、今次の選挙は単なる小西英雄個人の選挙ではなく在外私有財産補償問題解決の為の重要な選挙であることを御認識願います。

二、選挙対策委員委嘱状御受取りの方は左の葉書を出して下さい。

(住所氏名はわかりやすく書いて下さい。)

宛名

東京都千代田区飯田町二ノ一信濃ビル

引揚全連分室

受領

住所

氏名

三、選対委員は少くも十名以上の同志を獲得されるよう願います。

四、請求書(登録書)提出の方は御家族の方々は勿論ですが他の方々えも協力を求めるよう御指導願います。

五、絶対に棄権するようなことのないよう御指導願います。

六、在外私有財産を当送せしめるためには圧倒的勝利を必要といたしますので一人でも多くの方に御協力願うようにして下さい。

七、「選挙用はがき」はこれを出来るだけ活用するため選対委員の方には差上げません故あらかじめ御了承願います。

以上

昭和三十七年五月

社団法人 引揚者団体全国連合会

選挙対策委員 殿

お知らせ

東京都千代田区飯田町二ノ一信濃ビル 引揚全連分室

電話三三一―五四九二

三三一―五四九三        小西英雄選挙事務所

東京都港区赤坂氷川町一七

電話四八一―四〇二七        小西英雄 自宅

(別紙三)

私達四百万の全国引揚者の悲願である在外私有財産補償の問題も永年に亘る皆様の運動と、ここ数次に及ぶ全国引揚者大会によつて情況は極めて好転して参りました。

しかし乍ら、この問題は国家にとつても頗る重大なる問題であり簡単に解決するとは考えられません。私達が真に本問題の解決を図ろうとするならこの際更に一層の団結が必要であり、またこれを表示することが必要であります。

今次参議院選挙は其の意味において正に天が我々に与えてくれた絶好の機会と思います。私達はこの機に全引揚者の力を結集し「引揚者が一度結束すればこれだけの力があるのだ」ということを天下に示さなければならないと思います。

斯くすることが問題解決えの最短距離であると考えます。

この度、本会としては全国の引揚者代表と議つて、本問題解決のため、引揚者給付金確得以来在外私有財産問題解決のため特段の努力を払われている小西英雄氏を参議院議員全国区候補として推薦しているものであります。

小西英雄氏は自民党副総裁大野伴睦氏の腹心としてかつては在外財産問題審議会委員として献身的なる働きをなし五百億の給付金をかち取つたことは御承知の通りであります。

全国引揚者のため皆様の理解ある御協力と御支援をお願い申上げる次第であります。

社団法人 引揚者団体全国連合会

参議院議員全国区

小西英雄

明治四十四年十一月二十三日生

東京都港区赤坂氷川町十七番地

(小西英雄の写真)

略歴

(省略)

小西英雄事務所

東京都千代田区飯田町二の一信濃ビル三階

(電話番号 省略)

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